道にまで究めるのが日本人

道にまで究めるのが日本人

 

剣道、柔道、武道、華道、茶道、弓道、書道、神道、仏道と沢山道がついている言葉があります。これは文武両道であり、体を使うもの、頭を使う、感覚を使うものあらゆるものがあります。 実に和方的です。

 

宗教上のことはあまり申し上げませんが、海外では剣術、柔術とかいいます。 これは私なりの解釈では、強いだけではだめで、人間力、つまり精神性の高さも身に着けることが道だと理解しています。

 

卑怯なことはしない、正々堂々と戦う、勝っても負けても相手に感謝する。あくまでも相手は自分であり、そのために相手が存在してくれていて、最終ゴールは自分に克つことであると思います。公平性、透明性、卑怯なこといは忌み嫌い、正義を貫く。決して逃げない。 常に戦う。

さらに哲学が入り込んでいると思います。 とにかく哲学が入ってくると話が一気に深くなります。 日本の道に関する考え方や行動は実にかっこいいです。 

 

道=技術+精神性+哲学ではないかと思います。

 

 

なぜか日本人はこういった考え方はあらゆるところに存在していると思います。 経済でも儲かればいいのか?という素朴な疑問があります。 こんど新札になられる渋沢栄一さんは「論語と算盤」の書籍でそういうてました。しかし日本が戦争に負けてから何かお金が正しいことのようになってしまったかのように思えます。

 

サラリーマンから起業してから、組織ではいかに人が無駄に時間を費やしているのか? それが一番無駄だなと思うのは会議と資料探し、組織内でのネゴ。 環境整備、社員教育をしっかりするだけで相当変わるんだろうろうけど、まず気が付く会社がまずないです。 だから人ばっかり増えていくし、コンサルとかに高額な費用を払うことになります。それなら少ない人で高い給料を払った方がいいと思いますが、そうは問屋は降ろさないようです。

 

現在はあまりにもマネーゲームが先行してしてしまい、継続性が叫ばれています。 それがSDG’sにつながっています。 国力を高めるには食糧、インフラ、教育です。 会社なら、給料、環境整備、社員教育が会社を伸ばすことになります。

 

現在、このSDG’Sという社会責任を会社が果たしているのかがキーポイントになってきています。

 

是非経済界も剣道や柔道のように経営道、会社道のように道まで究めるのが当たり前のようになってほしいものです。 経営する人も、働く人も。 

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