葉隠入門を読んで8

葉隠入門を読んで8

 

おのれの才能は知ることはできない

 

これは本当にそう思います。 しかし相手がいればわかります。

 

どうしてか? それは自分には当たり前のことですから。 まず自分には当たり前のことが当たり前である、あなた以外の人はできないのだと知ることが必要です。

 

自分には当たり前のことは他人には当たり前ではない場合があります。

 

学校をみていると本当に子供たちがお気の毒になります。 記憶中心の授業だったり、経験があまりないように思います。 課外授業は遠足だけでなくて、ふなの解剖をやっていました。 生理食塩水中でフナの心臓が動くのを観察するのです。 生命の神秘、勉強のためにフナを殺してしまった感。 この切ない思いは本で読んだところで、フナの心臓の躍動感はわかりません。 知識とは知と識からできていて、知とは書籍からの情報であるが、識とは経験のことであると石川県の元スーパー公務員さんがいっていました。 知っていることと経験することが知識なんだと。 

 

ほーすごいこというなあとうなってしまいました。 私も知っていることと経験はは違うとは感じていましたが、これほどすっきり説明できる方はすごいなと尊敬の念です。

もちろんフナのお墓をつくって埋めました。 食べていません。(笑)

 

今の学校教育ではまったく注目されていない能力がたくさんあります。これは社会にでると発揮されるものです。

学校では何も評価の対象にはなりません。 残念です。あえてここでは書きませんが。

 

私は薬学部でしたので、どうしても薬理学というのがあって、ラットやマウスをぶっ殺す実習があるのです。 

まだエーテルで殺すのは眠るように死んでいくので、見てるだけでいいんですが、撲殺という殺鼠があり、5人で1匹でした。 これはついているとおもい、私は血をみると貧血になるので、とんずらしていました。 

一人ずつやれといわれたら私は絶対に薬剤師にはなられなかったでしょう。 

 

その中にさっと殺す人もいるし、腹を掻っ捌いて新鮮な腸を取り出すことをできるひともいました。すごいです。 私は魚も捌くことができません。 いつもおやじの捌いた刺身をいつもおいしくいただく役割でした。

そのなかでも鰯の酢漬けに黒コショウをかけてレモン汁、カイワレ大根を添えて冷酒でいただくのが最高でした。 どうしておやじの平気で魚を掻っ捌く才能が私にはないのかなと思います。

 

ですからもしあなたはこれ旨いねとか、すごいねとか言われたら、素直にそうなんだ。

ありがとうといいちゃいましょう。 

私にはそんな才能があるんだって。 当たり前じゃないんだって。