葉隠入門を読んで 4

葉隠入門を読んで 4

 

損得だけで物事を判断してはならない

 

計算高いものは卑怯者である。 また学問のあるものは才知にたけ舌弁のさわやかさで臆病とか欲得とか本心を隠しているのである。 こうした点はとかく人の見間違うところである。

 

この文面を見た時に、本当にそうだなと刺さりました。会社組織から抜けて、俯瞰してみると色とりどりの人間模様を垣間見ました。 まさに人生勉強ですねえ。 

 

今までできことを俯瞰してみると、目先の損得を求めて生きている会社(ある程度の組織になると命を帯びてくる)、人はだいたいがつまずきます。 しかし現代社会は四半期決算というように、一年も待てないのです。

これでは大局を見ることはできないです。 私が勤めていた会社の経営者は10年、50年の単位でみるお方でした。 私がちょうど社会人になった時は平成元年です。 バブルで日本は狂ったように爆景気でした。

 

儲かってしょうがない。 お金をもらっても使う前にたまってしまう。 預金金利は今の消費税と同じ10%だったんですよ。 飲み屋でお酒飲んでいると、知らないおじさんがきてお金払わせてほしいとやってくる。

誰?おじさん? お金払ってあげるから領収書を頂戴というのです。

意味がわからない時代でした。 

 

入社前から、会社説明会がバンバンやっていました。 それもパーティ付き。 ゴージャズな説明会。

説明会なんてどうでもいい。 とにかく人を集めて来い!いくら使ってもいいから!

とでもいわれていたんでしょう。 人事も大変だよねえ。

 

なんでもかんでも高ければ高い程売れるという異常な時代でした。 銀行は貸しまくり、消費者は買いまくる。 

サラリーマンでも家を4件買った人が知り合いにいました。 株も4万円を超えてくるという始末。

 

一軒目をローンで購入し、その一軒目を担保にローンを組んで2軒目ということを繰りかえしていました。 

買った家は貸出していました。 すごい方だなあと当時感心したものです。 

今なんて一軒買うのが精いっぱいですよねえ。 とくに氷河期に社会にでた方々は

 

私が入社した会社はバブルとは無関係な会社でした。 新入社員で夏のボーナス50万とか言われていた時で、私は雀の涙。 まあ常識的に考えれば当たり前なんですが。 当時はフィーバーしていましたので、とにかく転職させないように人を確保するためにボーナスをたくさん払っていたのでしょう。 それと毎晩接待漬け。 

私の友人は私の給料の安さとボーナスの雀の涙を聞いて大笑いしていました。 その時は私は本当に失敗したのかと後悔しましたが、平成2年になると雲行きが怪しくなってきてバブルがはじけてきました。

 

あとは皆さんがご存知のとおり、銀行の併合、倒産、企業倒産相次ぎ、自殺者も年間3万人をずっと超えていました。

 

この30年を俯瞰してみるとちょっと見えてきますよね。 しかし私が勤めていた会社の経営者は、全く動じずでした。 愛知県の地域の特徴かもしれませんが、バブルにはまったく踊らないのではじけても問題はほぼなかったのではないかと思います。業種にもよるでしょうが。 しかし私の知る限り東海銀行さんだけが巻き込まれて、会社名がなくなってしまいました。 この銀行さんは東京のお客さんが資金に困った時に貸してくれたのが東海銀行さんだけだったので、今も懇意にしているというのを聞いたことがありとてもよく覚えています。 私はビジネスというのは、いかに人や会社、社会のお役に立てるのかが本質であり、儲けるためにやるのではなく、お役に立てるために行った結果、儲かるのがビジネスだと思うのです。

 

バブルがはじけて、私の給料は上がる一方、ボーナスも徐々に上げてもらいました。 経営者のこだわりは、私の眼の黒いうちは給料は絶対下げないと豪語していました。 だから最初は低いのかと。 何年もお世話になっていくうちに、友人を追い越してしまいました。 その後彼は転職してその後付き合いがなくなりました。

 

その会社の雰囲気というのはアメーバ経営を掲げており、アイディアがあればどんどん提案してやりなさいという雰囲気でした。 成功したら伸ばす、失敗したらやめる。 簡単なように聞こえますが、この判断が一番難しい。ここでまだまだだとか、失敗を認めないという判断ミスが経営を傾かせるのですから。

 

その経営者は判断したら早い。 誰が何と言おうと投資するし、ぶったぎる。 周りは???でも、すべて判断して指示をだす。 社員は数か月、数年後にやっと理解できるのです。 それだけ絶大な信頼感がありました。

 

また理性ある従順を求めていました。 それはいかに社長でも部長でもおかしいと思えば何をいってもいいのです。 まあ私はもともとこういう会社に入ったので何も不思議には思いませんでしたが、今から思えば相当特殊な会社だったようです。 

 

会社を辞めてから、普通の会社はいかにドアホな指示をしても意見もいわず従うのがサラリーマンだと知りました。 そして失敗したら部下の責任、うまくいったら上司の功績となるのだと。 まさに半沢直樹の世界じゃねーかと。 

 

私は29年間このような素晴らしい経営者の元でしっかりとお金もらって勉強させていただきました。

 

目の前の損得にとらわれるとろくなことがありませんね。 

  

 

 

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